「父の代からの取引先に挨拶回りはした。でも、あの人たちが自分のことを社長として見てくれている実感がない」——北九州で事業承継を終えたばかりの30代・40代の後継者から、必ずと言っていいほど出てくる悩みです。結論から言うと、事業承継で自動的に引き継げるのは株式・役職・取引口座までで、人脈だけは引き継げません。人脈は会社にではなく、先代個人についていたものだからです。

この記事では、2015年からBNI北九州東リージョンのフランチャイズを運営し、約10年で延べ2,000人以上の起業家と接してきた経験をもとに、二代目・三代目の社長が「先代の人脈」を「自分の紹介ネットワーク」に変えていく5つのステップを解説します。承継の直前・直後どちらの立場でも使える内容です。

北九州の事業承継で見落とされる「三つ目の資産」

北九州市は製造業を中心に、創業40年・50年を超える中小企業が数多く残る地域です。一方で、帝国データバンクなどが毎年公表している調査では、全国の後継者不在率は近年5割前後で推移しており、後継者が決まらないまま黒字廃業に至るケースが地方ほど多いことが指摘されています。北九州・小倉でも、業績は悪くないのに畳んでしまう会社の話は珍しくありません。

その中で幸運にも後継者がいる会社は、承継の準備を進めます。ところが実務で扱われるのは、たいてい次の2つに偏ります。

①財務・法務の資産——株式、不動産、借入金、保証人、許認可。②業務の資産——技術、設備、社内の業務フロー、従業員。税理士や金融機関がついていれば、この2つは形式的にはきちんと引き継がれます。

しかし三つ目の資産、つまり「関係資産」——誰が誰を信頼していて、誰の紹介で仕事が来ていたのか——は、引き継ぎリストにほとんど載りません。この会社の売上の何割が紹介経由なのか、その紹介はどの人から来ているのか。ここを言語化しないまま代替わりすると、承継から2〜3年かけて、じわじわと受注が細っていきます。

先代の人脈がそのまま引き継げない3つの理由

「取引先には全部挨拶に行った」という後継者の方は多いのですが、それでも関係が続かないのには理由があります。

理由1:紹介は会社ではなく「個人の信用」で動いている。そもそも紹介というのは、紹介する側が自分の信用を貸す行為です。先代が誰かに仕事を紹介してもらえていたのは、「あの人が言うなら間違いない」という個人への信頼があったからで、社名への信頼ではありません。名刺の社名が同じでも、信用の貸し手からすれば、貸す相手が別人に変わったのと同じです。この構造についてはリファーラルマーケティングの基本で詳しく解説しています。

理由2:相手も同時に代替わりしている。先代と付き合いのあった社長も、多くは同世代です。つまりあなたが承継するタイミングで、相手先も承継や引退を迎えている。長年の関係が両側で同時にリセットされるため、先代のネットワークは10年で急速に縮んでいきます。

理由3:世代で「付き合い方の作法」が違う。先代の世代は、会合・ゴルフ・飲みの席で関係をつくってきました。いまの30代・40代の経営者は、朝の勉強会やビジネスイベント、オンラインのつながりが中心です。先代の付き合い方を無理に真似ても続かず、自分の世代の作法で新しくつくり直したほうが早いというのが、現場で見てきた実感です。

二代目社長が自分の人脈をつくる5つのステップ

ではどうするか。承継前後の後継者にお伝えしている手順を5つに整理します。

ステップ1:売上の「紹介比率」を先代がいるうちに棚卸しする。直近3年の受注を一覧にし、「誰の紹介で来たか」を1件ずつ埋めてください。多くの中小企業では、売上の3〜5割が特定の数名からの紹介で成り立っています。その数名が誰なのかを、先代が答えられるうちに聞き出すこと。これが承継実務で最も優先度の高い作業です。

ステップ2:キーパーソン上位10名に、先代と一緒に会いに行く。単独の挨拶回りではなく、必ず先代を連れて行きます。紹介は「紹介されて」引き継ぐのが原則です。そして訪問の目的は近況報告ではなく、「これから自分は何をやっていくか」を自分の口で伝えること。先代の同席は、その一度きりで十分です。

ステップ3:同世代の経営者コミュニティに、自分の名前で入る。ここが本丸です。先代の人脈の目減りを補う唯一の方法は、自分の世代のネットワークを新しくつくることです。北九州・福岡には商工会議所の青年部、業界団体、異業種交流会、BNIのようなリファーラル組織など複数の選択肢があります。選び方の基準は北九州で「地元に選ばれる会社」になる5つの条件もあわせてご覧ください。

ステップ4:「二代目です」を封印し、「何屋か」を語れるようにする。後継者の自己紹介は、驚くほど高い確率で会社の歴史から始まります。しかし初対面の相手が知りたいのは、創業年ではなく「あなたの会社は、どんな人を助けられるのか」です。30秒で自社の役割と、紹介してほしい相手像を言えるようにしてください。これができた瞬間から、紹介が届き始めます。

ステップ5:もらう前に、出す。新しいコミュニティに入った後継者が最初にやるべきは、自社の営業ではなく、他のメンバーへの紹介です。これが「Givers Gain(与える者は与えられる)」——リファーラルマーケティングの根幹にある考え方です。先代から引き継いだ取引先・職人・業者のネットワークは、あなたが思っている以上に他業種の経営者にとって価値があります。紹介を出せる人になる5つの実践ステップで具体的な手順をまとめています。

承継期の後継者がやりがちな3つの失敗

逆に、承継から数年で関係資産を減らしてしまうパターンもあります。よく見かける3つです。

失敗①:社内の改革だけに時間を使う。承継直後は、社内の古い仕組みや高齢化した組織の課題が目につきます。当然そこにも着手すべきですが、社内改革に集中した2〜3年の間に、外の人脈は静かに縮んでいきます。社内と社外は、同時並行でしか進みません。

失敗②:先代の会合をそのまま引き継ぐ。「親父が入っていた会だから」という理由だけで役職まで引き受け、月に何度も夜の会合に出る。しかし参加者の年齢層が20歳上のままなら、そこから新規の仕事が生まれる確率は高くありません。義理で残す会は2つまで、と決めるくらいでちょうどいいと思います。

失敗③:一人で抱え込む。後継者は、社内では「社長の息子」、社外では「まだ若い社長」として扱われ、本音を話せる相手が極端に少なくなります。この孤立が判断を鈍らせます。経営者の孤独と人脈でも書きましたが、同じ立場の経営者と定期的に話す場を持っているかどうかで、承継期を乗り切る速度は明確に変わります

まとめ:継ぐのは会社ではなく「信頼の総量」

整理します。事業承継で引き継げるのは株式・役職・設備までで、関係資産は自動的にはついてきません。だからこそ、①紹介比率の棚卸し、②キーパーソン10名への同行訪問、③同世代コミュニティへの参加、④「何屋か」を語れる自己紹介、⑤先に与える——この5つを、承継の前後で同時に進める必要があります。

10年間この業界を見てきて確信しているのは、会社の実力とは、突き詰めれば「その会社を信頼している人の数」だということです。先代は40年かけてその総量を積み上げました。後継者は、それをゼロから積み直すのではなく、目減りする分を上回る速度で新しく積み増していく。この勝負に勝てるかどうかが、承継の成否を分けます。

そして人脈は、必要になってから慌ててつくるものではありません。北九州・小倉で言えば、月に一度の交流会に出るより、毎週同じメンバーと顔を合わせる場に身を置くほうが、信頼の蓄積は圧倒的に速い。BNIのようなリファーラル組織が後継者に選ばれやすいのは、この「頻度」の差があるからです。承継したばかりの立場から人脈をつくり直す手順は、北九州で開業した経営者が最初の1年でやる人脈づくり5つのステップとも重なる部分が多いので、あわせて読んでみてください。

「事業承継を控えている」「継いだばかりで、自分の名前で仕事を呼べる状態をつくりたい」という北九州・福岡の経営者の方は、ぜひ一度お問い合わせください。BNI北九州東リージョンの各チャプターでは、朝会のビジター見学を歓迎しています。承継期の二代目・三代目の方も多く参加されていますので、同じ立場の経営者がどう人脈をつくっているのかを、1時間で実際に見ていただけます。